2013年07月06日

息も息大原麻里もできない』

大切な人を守れない自分がいる. その無力感が生み出す閉塞感で息もできない. いったい韓国映画界にはどれほどの無名な逸材がまだ眠っているのか. そう思わざるを得ないこの淋しくも温かく、そして涙は流れないのに心に深く残る大傑作. またしても私は映画館で見るべき傑作を見逃していましたよ. 父親の暴力によって家族が崩壊したサンフンと精神的に病んだ父親と弟の暴力によって家族が崩壊しかけているヨニ. まずこの2人の対比が素晴らしいこと. 同じように父親との関係に悩み、姉と弟という関係にも悩み、夢も希望もなく発狂したいくらい閉塞感だらけの毎日の中で必死にもがいている似た者同士なのに、その憤りのない感情を男女関係で満たすことなく、汚い言葉と暴力で深めていく絆. そして自分たちの心内を具現化したような存在であるヒョンインの笑顔のために、新しい自分を見つけ出そうとまたもがき始める. チンピラと女子高生という設定でありながら、この映画が描いているのは「互いを思いやる愛」ではなく「大切な人たちを守りたいと思う愛」. ですからサンフンとヨニは決して「2人1組」ではなく「2人それぞれ」として描かれているんですよね. それが淋しくもあり温かくもあるんです. 『悪人』 でもありましたが、人は閉塞感から抜け出そうとする時、必ず誰かの存在を必要とします. でも環境が閉塞感を生み出した 『悪人』 とは違い、トラウマが生み出した閉塞感から抜け出すには「誰かに助けてもらいたい」ではなく「誰かのために抜け出したい」と思えないと抜け出せないもの. そしてそのためには自分が変わらなければならない. 憎き父親と暴力でしかコミュニケーションを取れなかった無力感に悩み、自殺未遂を図った父親のために輸血を申し出て暴れたサンフンがヨニの膝枕の上でが流した涙. それは一緒にヤクザを辞めると言ってくれたマンシクの優しさを受け入れ、ファンギュの再婚を気に掛け、ヒョンインの学芸会に行ってあげたいと思えるようになったサンフンが初めて知った「大切な人たちを守りたいと思う愛」なのでしょう. そんな彼が同じようにサンフンたちだけでなく父親や弟のためにも変わろうとしたヨニの弟ヨンジェによって撲殺されるのはまさに皮肉. そしてマンシクの焼肉屋でファンギョたちと別れ、街中で破壊活動をするヨンジュの姿を見かけたヨニの「息もできない」と思えるような淋しげな表情で終わるこの映画のラスト. その時ヨニはヨンジュを想いサンフンの姿を重ね合わせたのか、それともサンフンを想いヨンジュの姿を重ね合わせたのか. 深夜らじお@の映画館 は韓国映画の素晴らしさに毎度感服してしまいます. ※お知らせとお願い ■ 【元町映画館】 に行こう.
posted by OotaniKei at 19:47| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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